肉まん

横浜 中華街 am11時25分

ここは、歩いてるだけで楽しい。
どの店に入ろうか、いつも迷う。

道の左右に軒を並べる「高級中華料理店」。
その殆どの店の店頭で、大きなセイロガ湯気を上げている。

肉まんだ。

「どれを お食べになっても 同じようなもんですよ」
とは思うが、「1個だけ」食べたい。
無性に食べたい。食べないと気が済まない。
ここに来た甲斐がない。

迷う。どの店の肉まんを買うべきか。
歩く。いい加減に決めればいいのに、いや、まだ、この先に
もっと美味しい肉まんがあったらどうする、と歩く。

なにぃ?

目を擦って確かめる。
「特製肉饅頭」 900円

1個 900円の肉まん!
肉まんだよ。いいのか、そんなことが許されるのか。

その時、俺の脳裏に
ベトナムのホーチミンで食べた、感動的に旨い肉まんが
甦ったのだ。生涯において、もっとも美味しかった肉まん。
貪るように食い、1個で、充分な満足と、驚愕の美味を
もたらした、あの肉まん。

餡の中には、牛、豚、鶏、蝦、味付け卵、栗、がそれぞれ
塊のまま、1個の肉まんに閉じ込めてあった。

あの出会いから数十年。
ひょっとして、もはや伝説となったベトナムの肉まんを
超えるのか。あの感動を、再び味わせてくれるのか。

買おう!食おう!昼飯は、これとビールで決まりだ。
二階を見上げると、窓際に椅子が並べてある。よし、入ろう。
「すいません、この特製肉まんというのを、上で食べたいんだけど」
「あっ、申し訳ありません。店内でお食べ頂けるのは、
こちらののみで・・・」
「えっ、あー、普通のほうのね。じゃあ、これ食べるとしたら?」
「お買い求めいただいて・・・」
「これって、冷蔵庫でどのくらいもつの」
「1週間は大丈夫です。20分蒸して頂いて・・・」
「これ、おいしい?」
「えっ、あっ、はい・・・・・・」

俺は迷った。
大枚900円はたいて買い、家で食べて失望したら。
しかし、兎も角、まず普通の肉まんを食べてみて、旨かったら
買って帰ることにしよう。とりあえず、
特製肉饅頭の3分の1の値段の普通の肉まんでいいだろう。
腹が減ってるんだ。肉まんが食いたいんだ。

2階に上がり、肉まんとビールをカウンターで注文して
蒸し上がるまで、窓際の椅子に座り、下をうろうろ歩いている
人の群れを煙草をくゆらせながら、漫然と眺める。

なかなかいいもんじゃないか。
パリのカフェとはいかないまでも。

そして俺は、普通の肉まんを食い、特製肉饅頭を買い、
横浜中華街を後にした。

さて、数日後の昼さがり。
我が家のテラスで、俺はほっかほかの巨大な「特製肉まん」を
食べた。食べてしまった。

餡の中味・・・・教えたくないけど、日記だから言っちゃおう。
豚肉、フカヒレ、エビ、丸まんま1個のホタテ貝、春雨、くわい、竹の子・・・。
はっきりいって、ベトナムの肉まんは超えていない。
値段に見合ったものかといえば、許せる範囲ではある。
まるまる1個を頬張る充実感はある。
そこら辺に売っている肉まんとは比較にならない美味しさもある。
是非一度食べてみては、とお奨め出来る。


たかが肉まん されど肉まん でありました。
Date: 2006/08/09(水)


切腹

この世に生まれて、初めて、切腹した。
もちろん、映画の中の演技でだ。

軍刀を懐紙で巻いて、むんずと掴み、さらしを巻いたへそ下左脇腹に刀を押し当て、右脇腹まで一直線に掻っ捌く。

「なんでさらしを巻いた上から斬るの。
斬れないだろう、どー考えたって」

俺の素朴な疑問に、所作指導の筋肉もりもり男は渋く答えた。
「内臓が飛び出ないためです。それに直接斬ると脂肪が
邪魔して切れ味が鈍るんです」
なるほど、と俺は押し黙った。

さらに、頚動脈に刃を当て
「介錯は無用だぁ」
と叫んで、左の首筋に自ら斬りさき、どうっと前に倒れこむ。
すさまじいシーンだ。それを、俺がやる羽目になったのだ。

想像してみる。痛いだろう、どのくらいの痛みなのか。
やったことがないので見当がつかない。
痛みをこらえる、そのこらえ加減はどの程度にすれば。
そのうえ、結構長いセリフまで言わなければならない。
そんな状態で、喋れるものだろうか。
息絶え絶えのかすれ声だと、観客に何を言ってるのか
伝わらない。
さりとて冷静に明確に喋れば、なんか嘘っぽーい
と思われてしまうだろう。

「このシーン、あたまから最後まで、ツーキャメで狙って、
ワンカットで行きます」監督が重々しく言い放つ。
さらに「血は、多めにドバーっと出してください」と叫ぶ。

俺は、傍らにいた衣装さんに小声で聞いた。
「ねえ、軍服、替えは何枚用意してあるの」
「これ一枚ですよ」


何?嘘だろう。テイクワンしかできないの。
そりゃぁ白い軍服に赤い血は確かに映えるだろうが、
でも、失敗が許されないわけ。
そーいう意地悪をするのか。
そーいうプレッシャーをかけて、神経を疲労させ胃がんになったら、誰が責任取るんだ。


そんな俺の心配をよそに、何度かテストが繰り返され、
いよいよ血糊を仕込んで、本番体制でのラストテスト。

腹と首に細い管を装着して遠隔操作するので、
セットの座り位置での作業。
一応上半身裸になるので、三人のスタッフが三方囲むように
毛布で覆う。荒野で野糞をたれるうら若き乙女になった気分。
準備完了。


「では、本テス行きまーす」
監督が叫ぶ。ひとつ疑問が生まれた。腹に刃を突きたてる瞬間は、吸う息か、吐く息か?聞いてみた。

「吐いてから、刺して下さい」

本番さながらのテストが、緊張感の中で行われる。
「では、本番行きまーす。腹を掻っ捌く時に、
もう少し右手をブルブル震わせながらお願いします」
監督の声に、セット内が静まり返る。一発勝負だ。緊張が走る。


「本番、よーい」
今村昌平監督仕込みの、大島渚監督以来の、気合のこもった声が響く。
「スタートォ」


下腹をまさぐり、脇腹に軍刀の刃を当て、ふぅーと息を吐いて
左手で押し込む。
刃を入れた場所から、真っ赤な血が滲み出す。
セリフを言いつつ右手をふるわせ、横一文字に腹を切っていく。

「介錯は無用。いいなっ」
と、最後の言葉を言い切って、首筋に刃を当てスパっと斬る。
二、三秒の間があった。

突然、ドッバアアッーと血が噴出す。驚くほどの血飛沫。
おもわず素に戻って「うわっ」と心の中で叫んでしまう。
おっと、倒れなきゃ。意識朦朧とさせながら、という演技を
しながら、前方に、どう、と倒れ込む。
複雑な呼吸で長ゼリフを言ったあとだ。呼吸が荒い。
死んだんだ、と息を止めるが、苦しい。死ぬより苦しい。

畳の上に血がどくどく溢れてくる。
その血糊が、口元から、鼻の穴から、滲入してくる。
「うっ、このままじゃ血を飲み込んで、咳き込んじゃうぞ。
どうする」
「カアアアット・・・・OK」

俺は、血だまりの中でむっくり顔を上げた。
誰かが差し出してくれた紙コップの水で、
ぶくぶくとうがいする。
何度うがいを繰り返しても、吐き出す水は、赤く濁っていた。



おつかれさまでした。
Date: 2006/07/31(月)


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