号外!
9月17日CD「伊武のすべて」発売開始。

と言う事で、その2枚組アルバムに収められた名曲
「子供たちを責めないで」のいくつかの想い出。

この曲。10万枚以上売れてしまった。
当時、ラジオからうんざりするほど流れていた。
新聞、雑誌の取材も随分あった。
芸能方面より社会面の記事が多かったと記憶している。
殆ど同じ質問からインタビューが始まった。

「イブさんは、ほんとに子供が嫌いなんですか?」

そうです。嫌いなんです。
という答えを期待していたんだろうな。

アルバム「スネークマンショー」で多少名前が売れて、
ソロアルバムを作らないか、という話になったんだ。
どんなものがいいだろうね。
あの時は子供が生まれて間もない頃で、勝手放題他人の
迷惑お構いなし唯我独尊で生きてた俺が、
授かった我が子をまじめに育てるには・・・
と、日々自問自答していた時期で

「子供をテーマに何か出来ないかな?」

というのがきっかけで出来たのが
A面「子供たちを責めないで」
B面「パパと踊ろう」
このB面は、実際に愛する娘の声が入っているという
親馬鹿丸出しぶりが懐かしく笑えるが、あの当時は

「よし、A,B両面でひとつのメッセージが出来た」

と、自信を持って世に問うたシングルだった。
が、A面だけが持て囃されてしまったんですね。

「子供たちを責めないで」がヒットチャートを駆け上る。
ここで大問題が起きてしまった。

そろそろ、テレビに出て歌いましょうか。

「えっ、でも、だって・・・無理でしょう・・・歌うと言っ
 ても語りだし、後半はテンション上がってほとんど叫
 んでるだけだし、オケに合わせるだけでも難しいのに
 ・・・歌詞覚えるのも大変だし・・・あの曲って、一
 度歌うと声がガラガラになって次の日に声帯が使い物
 にならなくなっちゃう・・・というのも考えて頂かな
 いと、何回もリハーサルやるのは無理だから・・・と
 言って、やらなければ滅茶苦茶なことになるし・・」

という俺の不安と悲痛に満ちた心の叫びは無視され、
「子供たちを責めないで」売り上げ向上プロジェクト・
チームと共に戦略会議が開かれ、厳選した結果
次の三つの番組で歌う事が決定された。

生放送の「夜のヒットスタジオ」なる音楽番組。
「俺達ひょうきん族」というバラエティ番組。
大阪で制作している、当時若者達大人気のバラエティの
「鶴瓶タクシー」というコーナーで鶴瓶さんと絡む。

で、三つの番組に出演した。
遠い昔の事なのではっきりしたことは覚えていない。

鶴瓶さんと絡んだ番組は、内容の記憶がまるで欠落して
いる。師匠の笑福亭松鶴が大好きだった。その弟子とい
うので会うのが楽しみだった。現在のようにひっぱりだ
この鶴瓶さんは、まだ大阪ではブレークしてたが、東京
に進出する前の、勢いのある若手芸人のひとりだった。
髪の毛も長髪だったような。この時、初めて御一緒して
こいつは絶対馬鹿売れするな・・・と予感したのは覚え
ている。感が当たった。

「俺達ひょうきん族」は、この番組が始まった当初、ナ
レーターで出演していた事もあるし、日本製モンティー
パイソンになるかも、と期待していたパロディ番組で、
その中に(ひょうきんベストテン)という独断と偏見に
満ちたコーナーがあり、「子供たちを責めないで」は、
突然ベストテン入りして、5位、4位、3位、2位と毎
週ランクを上げて放送された。ただし、番組の中で実際
に歌っていたのは、伊武雅刀に扮したベンガル氏。第1
位に輝いた週のみ、本人が歌うというふざけた企画だっ
た。ベンガルさん、その節はお世話になりました。しか
し、ゲバゲバ90分やひょうきん族のような番組を、最
近見かけないな。パロディは日本ではむずかしいのか?
当時は、この番組の笑いと、裏番組のドリフターズの笑
いが競い合っていた、という良い時代だった。なかでも
ビートたけしの毒を含んだ笑いが出色であった。その北
野たけし監督の最新作「アキレスと亀」に出演出来たし
長い事芸能生活を続けてると色々あるもんだ。

さて、「夜のヒットスタジオ」である。
真面目に、ちゃんとした歌番組で、しかも生放送。
ゴールデンタイムの夜10時から、吉村真理・井上順の
司会で、本物の歌手が出て来て、生バンドで歌っちゃう
という、絵に描いたような正統音楽番組だ。
本番当日は、相当緊張していた記憶がある。
逃げ出してしまいたいと思った記憶がある。
途中で絶句してしまい、しどろもどろですごすご引き下
がり、芸能界に別れを告げる事になるかもしれないとい
う妄想に駆られた記憶がある。
始まるまでは。
番組が始まった途端、あらゆる不安は消え去り、実に気
持ちいい、ハイテンションのご機嫌な俺がいたのである。
これは、全国のテレビの前の視聴者に結構インパクトを
与えたぜと、心地良く興奮した俺がいたのである。
この際だから、音楽番組に軒並み出て歌いまくったら良
かったんじゃねぇの、と思う俺がいたのである。

冷静に振り返ってみよう。
一生に一度の狂喜乱舞の夜を。

まず、リハーサルがあった。
当時は四谷にあったフジテレビの広いスタジオにセット
が組まれ、ひな壇に並ぶオーケストラの面々。
ダン池田とニューブリード。
ダン氏の指揮棒が振り下ろされ、イントロが始まった。
DANDAKADADADADANDAAKADADA
DADA−NDADARADADA−N・・・・
あれ、テンポが少しのろいな。
指揮棒を振るダン氏を見ると
・・・ナンダこの曲は、ダレダこの若造は、という感じ
で、たんたんとタクトを振っている。
「この野郎、俺を知らないな、知る訳ないか、上等だ」
俺の闘争心が燃え上がる。

子ーどーもはーきらーいだー(実際は英語です)

バックコーラスの女性達が歌い上げる。
「このテンポなら、相当ゆっくり語り始めないと・・・」
dadandadadadadaaaaan

わたしは 子供が きらいです  子供は 幼稚で 礼
儀知らずで  気分屋です

「いい感じだ、やっぱ、生バンドは気持ちいい・・・」

前向きな姿勢と 無いものねだり 心変わりと 出来心
で生きている  甘やかすと 付け上がり・・・・・

と、実況していると切りが無いので。
まあ、何とか、是無事にリハーサルを終えた。
他の歌手のリハーサルの間、控え室で待機。
いささかの不安と緊張で、落ち着かない。
雑談していても、心はどこか上の空。
差し入れの菓子類をやたら食べまくり、コーヒーを飲み、
煙草を吸い、水を飲み、うがいしたり、と。
スタッフの一人が控え室に入って来た。
「ダンさんが、あの曲面白いねって受けてましたよ」
その一言で、気合が入る。

本番15分前。
メイクを済まし、衣装に着替える。
オープニング登場の衣装として選んだのは
アストンボラージュの皮のジャケットとパンツ。エイリ
アンを思い浮かべるような近未来的デザイン。
歌う時は、衣装を変えて
やはりアストンボラージュの、鮮やかな赤の上下。
当時としては相当個性的なデザインだったろう。
「伊武ちゃん、頑張って」
「えっ、あ、う、うん・・・」

本番。
「本日のスペシャル・ゲストは・・・と言って伊武さん
 を呼び込みますから、それまで、ここで待機してて下
 さい」
と、スタジオの隅に案内された。
「本番、1分前です」
フロアーに声が響く。
凄い。派手だ。カラフルな夥しい数の照明がセットに降
り注いでいる。輝くライトを浴びてひな壇に居並ぶのは
どれもこれもテレビで何度もお目にかかっている有名な
歌手ばかりだ。場違いだ。俺だけ浮いている。人種が違
う。生活、趣味、家庭環境、食生活、全てがまるで違う
方々が、街じゃ歩けないようなファッションを身に着け
て、幸せ全開の笑顔で並んでいる。リハーサルと全然違
うだろう、これは。これが噂の「夜のヒットスタジオ」。
夜ヒットだ。本物だ。
と、興奮しながらも、実は、その時出演していた歌手を
ほとんど覚えていない。
おふくろさんでお馴染みの森進一。
人気絶頂だったナントカ隊。
さらに日本中が認知していたカントカ・トリオ。
あとは・・・忘れた。
しかし、
なんと、
その中に
都はるみさんが・・・・・・・いたのである。
俺の女性ボーカル・ベスト3は
ダイアナ・ロス
テレサ・テン
都・はるみ
なのだ。
番外として、ゲンズブールのジュテームでデュエットして
いるあの女性(ジェーン・バーキンだと思うが、あるフラ
ンス人に違うと言われてから自信がない)の声がたまらな
くいいんだよね。は、兎も角として
俺の魂を揺さぶる3人の歌手のひとりが、目の前にいる。
なんという幸福。なんという神のお導き。
「本番」
オープニングテーマ曲が演奏され、司会の二人が登場。
出演歌手が、次の歌手の持ち歌をワン・フレーズ歌って、
バトンタッチして全員が紹介される、お馴染みの始まり。

「本日のスペシャルゲスト・・・イブマサトさんです」

よ、呼ばれた。マサトじゃない、まさとうだ。歩き出す。
フロアー中央に立つ。ライトが眩しい。
司会の井上順が俺のいでたちを見て
「きょうは此処までバイクで来たんですか・・・」
と、ねぼけた突っ込みをいれやがった。この男、グループ
サウンズ時代から面白くもなんともねぇボケかましてた。
このレベルの低い一言で、俺の緊張の糸が一気に解けた。
噛み合わないやりとり。
「では、イブマサトさんには後ほど歌って頂きましょう」
司会の吉村真理に促されて、ひな壇の歌手達の間に座る。
最初の歌手が登場して歌いだす。
居心地が悪い。
俺の出番は後のほうだ。
それまで座ってなきゃあなんねえのか。
ひょいと横を見ると、数人挟んだ場所に都はるみさんが座
っているではないか。
俺は、他の歌手をそっちのけで密かに彼女を盗み見ていた。
はるみさんは、隣りのごつい顔の男と小声で話している。
なんだアイツは。
あっ、岡さんだ。
今日のはるみさんの歌は、岡さんとのデュエット曲だった。
浪速恋しぐれ・・・作曲も岡さんだったはずだ。
芸のぉためぇなーらー 女房も泣かすぅー・・・と
一番は、岡さんがソウルが似合いそうな渋い声で歌う。
二番は、はるみさんが歌う。これが、たまらない。
そばにぃ私ぃがー付いてなければぁー 何もぉ出来ないぃ
この人やからぁー・・・・・。
言ってもらいたい。俺の耳元で、囁いてもらいたい。
何人かの歌手が歌い終わり、CMタイムになる。
その間を利用して、そそくさと岡さんの背後に移動する。
「あ、始めまして、浪速恋しぐれ、聞いてます、いい歌で
 すよね、最高ですよ」
まるでミーハーだ。ただのおっさんだ。
岡さんの、あっどうも、という渋い声を聞きながら、目線
は、しっかり都はるみさんの方を捕らえている。
そのはるみさんが、優しく微笑んで俺を見た。
目が合った。1メートル以内の距離で。
もういい。これだけで、ここに来た甲斐があった。

スタッフの合図で着替えに戻る。
いよいよ俺の出番だ。
ふたたびスタジオに入る。
フロアーディレクターがキューを出す。
前奏が流れ出す。
俺は、スタジオ中央に設えた大統領の演説台のようなセッ
トに向かう。
あれっ、テンポがリハーサルと全然違う。早い。
思わず指揮者を見る。
ダン池田が、笑顔を浮かべ、派手なアクションで指揮棒を
振っている。
おい、冗談じゃないぞ、リハーサルどうりやったら歌詞が
足りなくなっちゃうぞ。

俺は歌った、いや語った、叫んだ。
何かに魅入られたように。憑依されたかのように。
歌の山場にさしかかる。
カメラが目の前にグイっと迫る。
カメラに向けて言葉を吐き出す。
演奏がリズミカルに盛り上がる。
合唱団がエンディングに向けて歌い上げる。
俺のテンションは限界点を越えている。
思わず壇上に飛び乗る。
絶唱する。

誰が何といおうと、子供はきらいでああああああああ。

終わった。
全身の力が抜けた。
拍手が聞こえる。
出演者の方に目をやると、唖然とした顔がある。笑い狂っ
ている奴もいる。
その中に、穏やかな笑顔で俺を見つめる
都はるみさんがいた。

「子供たちを責めないで」に纏わる当時の思い出だ。
あの時は、切実に思った。
歌手っていうのは、いいなぁ。
舞台を、その場の空気を、独り占め出来る。
役者にはない魅力だ。
しかし、である。
大変な稼業だ。
常にヒットを飛ばさないと、忘れさられる。
という最大の理由で、歌手になろうなどという大それた
考えを諦めて、役者稼業を続けている。
ただ、あの時の数ヶ月は蜜月だった。
初めてのソロ・アルバム。
いろいろな人に曲を書いてもらい、かなりな実験をした。
プロのミュージシャンではないからやれた事もある。
ひとつの曲で、いろんなテイクを録ってみたり。
河口湖スタジオ。
これ、外で歌ってみようか、虫の声の中で・・。
色々な人との、様々な冒険が、懐かしい。

是非、聞いてみて下さい。
「伊武のすべて」を。
Date: 2008/09/08(月)


散歩しよおか躍ろおか・・・
暇である。
一本の映画の撮影が延期となってしまった。
で、暇なのである。

寝耳に水。
一ヶ月近くそのためにスケジュールを空けていたのに。

こんな事ならインドにでも行けばよかった。マチュピチュの
空中都市だって行けたのに。
だがまあ、細かい仕事が入るので、急に海外に行くのは
無理がある。
この間を利用して絵を描く小説を書く、といった才能は
ないのが我乍ら悔しい。
そこで 十日前の、日中はうだるような暑さになると
天気予報が新聞紙面に載っていた早朝5時。
「くそ暑くなる前にぶらっと散歩でもするか」
と、家を出て歩き始めた。

それが今日まで毎日続いている。
休んだのは雨の日の2日間だけ。
今日も7600歩ほど歩いてきた。
散歩にハマッテシマッタ。
何故か。

面白いんだな。
「定年退職オールフリータイム爺さんじゃあるまいし、
散歩なんて・・・」
と、馬鹿にしてたのに、すこぶる楽しいんだな。
太陽が顔を出した朝の空気がおいしい。
人が少ない。車がいない。
毎回違うコースを歩くといろいろな発見がある。
なるほど、この道はここに通じてたのか。
おっ、こんなところに神社があったのか。
なんだ、この道を使えばよかったのに今まで遠周りしてた。

ある日。
時折、弁当持ってのんびりしに行く「ふるさと公園」まで
歩くとどの位かかるのだろうと出発。
人の気配がない街をうんうん歩く。
大きな団地の中を突っ切る。ここに居を構えて16年に
して初めて通る道。
バスの車庫。数十台のバスが眠っている。いつも使うバス
はここから来るのか。
「H]研究所が右手に続く急な長い登り坂をふうふう歩く。
ここは4月には見事な桜が咲く道だ。
25分ほど歩き、目的の公園に辿り着く。
敷地内に入ると、早朝にもかかわらず結構人がいる。
芝生の周りをジョギングで周回しているのがいる。
のんびり木々を眺めながら歩く老夫婦。
犬連れも多い。
「あら、今朝はおそいじゃない」
「あんたが早いのよ」
「おはようございます」
ワンワン ウウーウワンワン
きゃんきゃんきゃんきゃんきゃん
「大丈夫、サクラは咬みつかないから、ねえサクラ・・・」
片隅に、吊り輪と鉄棒と平行棒が設置されているのを発
見。5分ほどストレッチをしてから鉄棒に飛びつき懸垂して
みたら、あまりの体力の衰えに愕然とする。
小学校時代は全校一の飛行機飛びの名手だったのに。
岩の上に腰掛て、しみじみ煙草を一服。
旨い。
帰りは裏の寺を通る。急な石段をおり、川沿いの道を歩く。
「水草採取禁止」の看板におもわず蕗を探してしまう。
農家の畑の脇に無人野菜売り場があった。
青梅一袋100円。そら豆。絹さや。100円。
残念なことに銭がない。
次回の楽しみができる。
無事帰宅。所要時間65分。
猛烈に腹がへり、カレー蕎麦を作って朝飯。

ある日
適当な方向に歩き出す。
初めての道。この辺りは大地主の山だった筈だが。
切り開かれたあとに一軒家がびっしり建っている。
ここ数年猛烈な勢いで住宅が増えている。
あれ、この道はこのまま行けば「H」市場に通じてる
筈だぞ。
ポケットを探ると皺くちゃの1000円札が1枚出てきた。
「市場で朝飯というのも悪くない」
ほぼ30分で市場に到着。
早朝5時過ぎ。さすがに活気がある。特に魚市場が。
入り口にある食堂のメニューを眺める。
「うーん、こんな時間にラーメンもなんだな、カレーかぁ
 重いなやはり蕎麦か、なら家で作る方が旨いし・・・・
 そういえば、ねぎがなかった、人参も・・・」
野菜市場に向かう。
途中にある包丁店でギンナン殻割り器を発見。1200円。
買えない。しかし欲しい。諦める。
野菜市場の入り口の食堂でお握りを売っていた。
鮭、おかか、五目、たらこ等が素朴に手で握られて
100円。
「あとで二つほど買おう」
数十店の商店をのぞく。
すいか。そうかまるまる1個をここで買う手があったか。
今度だな。
沖縄産のピーチパイン。うーむ今度だな。1000円札
1枚だし。びわも旨そうじゃねえか・・・
いや、人参だ、ねぎだ・・・。
ところが
全ての店を徘徊しても
無いのである。
人参もねぎも売っているが
有機の物が売ってないのである。
無農薬、せめて有機野菜じゃないと買って帰っても
「ちゃんとした野菜でしょうね・・・」
と、念を押す女が我が家には生息しているのであります。
こうなったら、せめて今夜のツマミにヤリイカでも
買って帰ろう。
ふたたび魚市場に向かう。
途中、鮭と五目のお握りを買い、残金800円。
行きつけの「I」商店へ。
「早いですね、今日は・・・」
「散歩がてらのぞいてみたんだ・・・」
「歩いてきてんですか・・へえ・・・」
「今日は、いかは、どんなものが入ってるかな」
「するめ、やり、赤いか、今日はだるまいかが良いですよ、
 刺身ならだるまだな」
「煮付けにしようとおもって、八つ頭があるから・・・」
「じゃあ、やりいかもいいよね」
「あれ?鯖があるんだ、この時期に・・・」
「それ、真鯖。あぶら乗ってますよ」
「うまそうだなあ、輪島のもずくの新物が出てきた
 んだ・・・」
こうなると、もう駄目だ。
魚を眼の前にすると、理性、教養、金銭感覚が無になる。
「だ、だるまイカ、2杯でも売ってくれますか、あと
 鯖1本・・・もずくも1袋・・・あさりを3キロ。今日は
 お奨めのあさりは、そろそろ千葉産も
 いいんじゃないの・・・」
「今日はこれ、三重の、うまいですよ・・・」
「じゃあ、それ3キロ・・・あと1時間後に車で来るから、
 取っておいて下さい。あ、野菜のほうで有機扱ってる
 店あるかな」
ついでにずうずうしく聞いてみる。
「えーと、たしかあそこに・・・ちょっと電話してみます」
(間)
「少しだけど、あるそうです(場内の地図を持ってきて)
 ここ出て、2本目を真っ直ぐ行って、野菜のほうに入って
 3ブロック目の左側の店です」
ふたたび野菜市場に急いで向かう。
目当ての店はすぐに見つかったが、どう見ても
並んでいるのは有機ではない美しい姿形の野菜
ばかりである。
「あのー、有機野菜を扱ってるって聞いてきたんです
 けど・・・」
「今日は、これだけだね」
片隅の小さなコーナーに並べられているのは
じゃがいも、たまねぎ、ごぼうの3種類のみ。
「これだけですか・・・」
「色々入る日もあるんだけど、ここは商売人が多いから、
 置いといても売れない。すぐ悪くしちゃうしね、
 この辺りでは扱ってもむずかしいんで・・・
 入る日は結構種類あるんだけど・・・」
「じゃ、ごぼう買ってこうかな、ごぼう下さい」
今夜のおかずは
鯖の味噌煮・ごぼうも一緒に炊く。
だるまいかの刺身。
もずくの酢の物。
その前に、朝飯は
お握りとあさりのみそ汁だ。
お握り2個とごぼうをぶらさげて、急いで自宅に向かって
歩き始める。自宅が遠く感じる。
早起きは三文の得なり。
という言葉が頭の中を駆け巡る。
「ただいま」
「何処いってたの、2時間も歩いていたわけじゃない
 わよね・・・何処かで倒れてるんじぁないかと
 心配したわよ・・・・」
「行ってきます」
「何処いくの?・・・・・」

ある日
今日は**駅まで歩いてみる事に。
30分はかからないだろう。

とまあ、毎日違う道を歩いている。
実益を兼ねるので、市場はその後2度散歩コースに入れて
1度目は肉のコーナーで
「阿波尾鶏」と「鹿児島産黒豚ロース」
2度目は野菜をのぞいたら、運良く数種類入っていたので
人参、じゃがいも、ゴーヤ、バジルを購入。
バスで行けば7つ先の停留所にある図書館にも歩いた。
ほぼ1時間、歩数にして8000歩ほど。

そして、その毎日散歩の効果がはっきり現れたのである。

一年ぶりにゴルフをやった。
梅雨の真っ只中の土曜日。
降り注ぐ雨で芝生は水を含んで重い。
その中を18ホール廻っても、足腰が悲鳴を上げなかった。
上がりの3ホールあたりで腰が疲れてショットがぶれる
というのがいつものパターンなのに。
散歩のおかげで脚力が付いたということだろう。
「もうハーフ廻ろうか」
なんていう冗談すら口に出るほどだった。
あるいは
買い物に行こうと車のキーを持って家を出る。
天気もいいし歩いて行くかと、すたすた歩き出す。
今まで考えられなかった行動だ。
あるいは
仕事の現場に車で行かなくなった。
歩きたいのである。
そして、

ぐっすり眠れるのである。

しかし、と考える。
「散歩」は、この先も持続するだろうか。
朝5時に1時間歩いて、朝飯食って、7時に現場に向かい
深夜まで撮影して、翌日の朝4時半に起きて散歩、朝飯、ロ
ケ現場、深夜撮影終了、朝4時半起床、散歩・・・・・・。
こんなスケジュールになったら体が持たない。

つまり暇だからの散歩というわけだね。
でも、この暇のおかげで
大量に本が読めた。たまってたビデオが見られた。

読んだ本の中で面白かったのは
「楢山節考」の深沢七郎と、「切り絵」の山下清の対談。
姨捨の話に天才画家・山下清は
・・・・年寄りを捨てるってのは、どうやって
捨てるのかな、ゴミを捨てるみたいに、やっぱり。
「おれは、日本を漂流しているような気がしますね」という
深沢七郎という野人の作家への山下清の受け答えが、
面白くも鋭い。
映画やドラマで演じられる「山下清」のあのノホホンとした
純真無垢のキャラクターのイメージが
固定化されているが、この対談から窺える山下の人物像は
だいぶ違うように感じる。
そりゃあそうだろう。自分が興味あること以外には
興味がない。
人間は
愛想笑いや、おべんちゃら、適当な相槌をしたりしない。
実像に近い山下清の映画を作ったら素敵だな。
それは、むりなのかな、やっぱり、は、はい。

暇なおかげで、もうひとつ、素晴らしい体験を
させてもらった。

修善寺にあるお気に入りに旅館「A」
能舞台があることで有名な旅館だ。
江戸時代のものをこの場所に移築して百年の能舞台。
「月桂殿」
庭に設えてある舞台は背後に天然の森を控えて、風雅なた
たずまいである。
しかし、この舞台で実際に能が演じられるのは
1年に1度だ。
「ここで能を観られたらいいだろうな」
行く度に思っていた。
それが、なんと
実現したのだ。
毎年お知らせを頂くのであるが、こっちの体と、部屋数
19という過酷な条件のために、機会がなかったのだが。
1部屋取れたのだ。
これには幸運もあった。
今回の舞台で「翁」を演る観世T之丞氏との出会いである。
昨年のある映画で、家康をやり、能を舞うシーンがあって、
そのご指導を賜ったのがT之丞氏なのである。
世間話の折に修善寺の「A」旅館の話になり
「毎年、演らせていただいてます」
「じゃ、来年は是非拝見したいですね」
という経緯で、今回、宿の方へ推挙して頂けたわけで、
この場を借りて厚く御礼申し上げます。

修善寺能
「翁」
 翁 観世T之丞
 三番叟 野村M斎
能舞台移築百年記念公演 開演6時

いやあ、感動しました。
久し振りにナチュラル・トリップしました。
朝からの雨で一時はどうなるのかと心配していたら
「大丈夫です、竜神様がついてますから。今まで降られた
 ことがないんです」
と、宿の人が言ったとおり夕方5時に雨が上がった。
竜神様にお供えした卵5個のご利益か。
「翁」が始まる。
静かな動きの中に秘められた内なる気が凄い。
正面にすくっと立った翁が
巨大に見えた。
舞台から浮いているように見えた。
四次元の世界。
まさに幽玄。
いいものを観させて頂きました。

たまには突然時間が空いてしまうというのも必要だね。
だらだら仕事ばっかりこなしてると、出会いや発見の
喜びが薄くなってしまう。
「だろぅ・・・」
「なに言ってんのよ、家にばっかりゴロゴロしてないで
 暇ならテラスのガラスでも綺麗に磨いたら・・・・」
「・・・・散歩してくる」


付録
「A」旅館の夜の献立
  帆立文化醤油
  季節の盛り合わせ
  鯵たたき吸い鍋
  石がれい・伊勢海老造り
  鮎 塩焼き
  もろこしすり流し
  夏大根・巻海老揚げ物
  おくらひたし
  穴子黒米寿し
  青豆饅頭
  冬瓜・豚角煮
  あゆ御飯
  甘味

翌日の伊武家の献立
  もずく酢の物
  さとうざやの煮びたし
  冷奴
  ふき味噌(自家製)
  のりの佃煮(自家製)
  きゅうり・大根 ぬかみそ漬け
  鯵・イサキの干物 (もらい物)
  あさりと紫蘇の味噌汁
  御飯  は食べずに芋焼酎 2合お湯割
Date: 2008/06/10(火)


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